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第23号 12/25 2004
視力測定の尺度と表記.小数か分数かMARかlogMARか

ある疾病を患って視力が1.0から0.05まで低下したが加療によって0.5に回復したとしよう.治療で改善したのは何パーセントだろうか.minimum angle of resolution(MAR)、logMAR、小数視力(1/MAR)、Snell-Sterling visual efficiencyを用いると、それぞれ78.9%、76.9%、48.4%、83.5% になる.どんな物差しを使うかで評価がずいぶんちがってくることを例示している.


  視力を小数で表すことは日本では誰でも知っている.一般の話題になるとすれば、”米国旅行中に目を悪くした時もともと視力は1.2だったのだが...と説明したが通じなかった、街で20/20という広告を見かけたが何のことかわからなかった”といった場合に限られるだろう.だが、グローバルの情報流通が日常茶飲事になって論文レベルでは小数表記と分数表記との使い分けが問題になってきたし、logMARも関心を集めている.診療の基本中の基本である視力の測定は眼科医には空気みたいなものだが、そのscalingや表記には古くて新しい問題をかかえている.
 視力の近代的な測定や記載は100年以上も昔のHerman Snellen (1834 - 1908)に遡る.Dondersから眼光学の臨床を学んだSnellenが1862年に提案した視力測定の定義式V = d/D に基づく分数形式の表記法はSnellen 視力(Snellen visual acuity、Snellen acuity)、Snellen試視力表(Snellen chart)といった名称とともに今日までそのまま踏襲されてきた [1].Snellenが世を去る数年前の1904年開催の第10回国際眼科学会では視力測定標準化委員会が発足し、第11回学会(1909年、ナポリ)で報告され承認された.時の委員長Carl von Hessによる報告書は田上清貞によって翻訳され翌1910年(明治43年)の日眼会誌に掲載された [2].冒頭で「視力」を次のように定義している.『夫レ試視力表制定ノ事業タルヤ実ニ難シ.其ハ "Sehshaerfe" 視力ナル語ノ極メテ多様ニ用ヰラルゝト.又視力檢査表と称スルモノノ中ニハ、往々普通ノ意義ニ於ケル視力ト異レルモノヲモ混同シテ檢査スル事アルニ基因ス...「視力」トハ二點ヲ二點トシテ識別シ得ベキ眼ノ機能ノ限界ヲ云フ.故ニ人若シ定義ニ適合セル試視力表ヲ制定セント欲セバ宜シク二點ヨリ成レル視標ノ試視力表ヲ作ルノ外ナカルベシ.』「二點視標ト文字或ハ數字視標トノ關係」、「文字形(鈎字形)ニ就テノ調査」、「二點視標ニ就テノ調査」、「誤差量ヲ少ナクスル事能ハザルヤ」、「鈎字形ト環字形ノ優劣ニ就テ」に続いて、『...以上ノ理由ニヨリ、総テノ點ニ於テランドルト氏表ハスネルレン氏表ニ優ルト云フヲ得ベシ』と第一章を結んでいる.第二章では「如何ナル視力を單位トシテ選定スベキヤ」、「數字形ノ大サト環字形トノ同視價ニツキテ」、「鈎形ト環形トノ關係ニ就テ」、「改良鈎形視標ヲ採用セザリシ理由」、「試視力表ノ視標ハ大小ハ、相互的如何ナル關係ニ於テ立ツヤ」、「昇進法Progression」を論じたあと、『視力減弱ノ關係ヲ記載スルニハ、従来ノ如クニ分數式(6/36、5/10)ヲ用フベキヤ.果タ、小數式ヲ以テ記載スルヲ宜シトスルヤ.本表ハ五メートルノ距離ヨリ制定セシヲ以テ小數式ヲ用フルヲ便宜トス.其ハ視力減退ノ關係ヲ直チニ理解シ得レバナリ.例ヘバ、5/25ノ代リニ0.2號ト記スルガ如シ.』と視力の記載として小数表記を勧告している.「視力檢査距離」、「試視力表中記載ナキ視力ノ度ヲ檢査スル場合」、「讀書距離視力表ニ就テ」、「試視力と光明ノ關係」にもふれて報告書を次のように締めくくっている.『1.萬国共通制定試視力表ヲ製作スルニハ、適宜ニ選定セル數字ヲ視標トスルヲ適当トス.2.同列ノ視標ハ平均同一距離ニ於テ実地上等シク認識セラルルモノタルベシ.而シテ、此數字の傍ラニランドルト氏環形ヲ併記ス. 此環ノ切レ目ハ數字ト同一距離ニ於テ認識サルゝモノトス.3.吾人ノ眼ハ一分ノ視覚ヲナス如ク白色面上ニ相隣リテ存在スル二黒點ヲ二黒點トシテ認識スルコトヲ視力ノ單位トス.普通ノ此視力ヲ有スルモノハ、多数ノ就業ニ際シ、眼鏡装用シテ視力ヲ増加スルノ必要ナシ.4.視標ノ大キサハ以上ノ目的ニ叶フ如クニ制定ス.5.視標各列ノ大サノ差ハ、幾何的昇進法ヨリモ算術的昇進法ガ実地ニ便ナル故、後者ニ従ウベキモノトス.』
 検査距離5 mでLandolt環視標を用いて測定して小数で表記することを定めた国際眼科学会報告に世界各国はどう対応してきただろうか.100年後の状況をMedlineの論文データで調べてみよう(2004年12月1日、インターネットアクセス).search用語 [visual acuity AND 1.0], [visual acuity AND 20/20], [visual acuity AND 6/6] あるいは[logMAR]によってタイトルと抄録とを検索すると,1,847論文が集まった.約7割が英語で、残りがその他の言語(抄録は英文)で書かれている.視力の表記は、分数表記が1,135件( 61.5%)、小数表記が302件(16.3%)、logMAR表記が312件(16.3%)である.残りの98件(5.3%)はどれか2つまたは3つの表記法を併用している.そして、小数表記を用いるか分数表記を用いるかは国や地域ごとにさまざまである.
 分数表記優勢:United States、Canada、UK、Israel、Australia、Mid- and South America(Brazil、Arzentina、others)、France、Italy、Korea、他.特に、USA、Canada、Israel、Australiaの4か国から発表された論文はすべて分数表記である.
 小数表記優勢:Germany、Netherland、Northern Europe(Sweden、Denmark、Finland、Norway、Iceland)、China、East Europe(Poland、Hungary、Czech、Russia、他)、日本.これらの国々では、発表論文の半数以上が小数表記を用いている.
 すなわち、世界の趨勢はどちらかとえば分数表記が主流であり、小数表記を用いているのは少数派である.ただし、これは論文発表でみたデータだから、公表バイアス(publication bias)によって分数表記を実態よりも大きく見積もっているであろう.たとえば、日本では小数表記が診療や研究で徹底しているにもかかわらず、日本から発表された論文130件をみると51件は小数表記、47件は分数表記である(32件はlogMAR表記).論文作成時に小数視力を分数視力に書き換えられた事例、つまり公表バイアスあるいは査読バイアスが介入したというべき事例が少なくないにちがいない.日本から米国発行の雑誌(Am J Ophthalmol, J Cataract Refract Surg)に発表された論文28件の分数表記/小数表記は27/1であって分数表記が圧倒的に多い. これとは対照的に、日本から発表された論文であっても日本発行の雑誌(JJO、日眼会誌)、欧州発行の雑誌(Ophthalmologica、Greafes Arch Clin Exp Ophthalmol、Acta Ophthalmol Scand、他)での分数表記/小数表記は、それぞれ10/24、 5/12であって小数表記が優勢である.同じトレンドがドイツや中国からの論文発表にも共通することは上の図でみるとおりである.1909年に報告された視力測定の標準化案は1929年の国際眼科学会(アムステルダム)でもう一度勧告されたのであるが、そのコンプライアンスは良いとはいえない.ドイツやオランダや北欧諸国や日本や中国が新ルールを素直に受け入れたのに、英国やオーストラリア、米国やカナダは分数表記にこだわって現在に至っている.距離や重量の尺度の国際標準化がゆっくりだが進行しているのとちがって、視力の表記については世界は二分されたままである.米国や英国で分数表記が愛用されるのは長年の習慣に加えて、小数表記だと例えば1.0が0.5に低下すると視力が半分になったといった誤解を生みやすいのを分数表記によって避けたいからであろう.
 新潮流のlogMARがMedline収載の論文に登場したのは比較的新しく、初出は1985年である.search term [logMAR] を適用して論文を検索すると481件が集まった.注目すべきは、過去10年に鰻のぼりに伸びてきたことである.使い慣れた小数視力や分数視力にとってかわることはないだろうが、この勢いが続くと仮定すると、計算上は2022年になるとすべての論文がlogMARを採用することになる.logMARが90 年代から盛んになったのは、randomized controlled trialに代表される臨床研究での統計処理に耐える視力評価尺度が必要になったからにほかならない.感覚量は刺激量の対数に依存するという心理物理学の基本原理からみてlogMARが浮上したのは自然の成り行きである.psychometric function(心理測定曲線)もlogMARを尺度として検討すれば視力のレベルに依存しない.こうした利用価値をもったlogMARであるが、その測定のためには当然のことながら慣用のSnellen以来の試視力表ではなくてlogMAR試視力表(logMAR format chart)を使うことが必須である.海外ではゴールドスタンダードとされるETDRS chartはじめいくつかのlogMAR試視力表が発表されている.
 近年、出版バイアスという言葉を目や耳にする.いわゆるpositive dataは積極的に公表されるがnegative dataはお蔵入りすることが多く、公表バイアスの代表事例である.そして、小数視力測定のための試視力表で得た数値を分数視力に変換して論文発表するのも、一種の出版バイアスであり情報バイアスを生み出すことになる.厳しい見方をすればデータ改竄のそしりを免れないだろう.同様に、参考データとして小数視力表で得た数値をlogMARに変換するのは結構なことだが、統計分析に利用するのはいくつかの要因からして不適切であることに留意しておきたいものである.にわかには信じがたいほどだが、分数表示が慣行の国で発行される雑誌に論文を送ると、小数表示の視力データが曲解されて不条理なコメントが戻ってきたり「読者のために」との名目で分数表示への数値変換を強要されたりすると仄聞したことがある.こうした圧力に妥協して、いわば査読バイアスを生み出すのは好ましいことではない.どうしてもという場合には、小数視力データをきちんと記述した上で、分数表示やlogMAR表示を参考までに示すのが望ましい.こうした目的の『説明的記述』を最近の雑誌でよく見かけるので参考になるだろう.
 参 考 文 献 1.Snyder C. Herman Snellen and V = d/D. Our Ophthalmic Heritage. pp 97-100, Little, Brown & Co., Boston, 1967.  2.ヘス(田上清貞 訳).視力ノ單位オヨビ其記號法.所謂萬國共通試視力表ニ附イテ.日眼会誌14: 120-134, 1910(明治43年).


診 断 ク イ ズ
ケース1.アイケア名古屋 症例 No. 6657(初診:平成16年10月29日)
47歳、男性.1昨日の夕方急に、蛍光灯のまわりに虹が見えることに気づいた.虹は昨日は見えたり消えたりしたが、本日はずっと見える.今まで目を悪くしたことはないので心配だ、と訴えて来院した.
 専門医試験ふうのクイズであれば、こうした病歴を参考にして『まず行うべき検査はどれか』といった設問で紛らわしい解答肢をいくつか並べて選択してもらうことになる.
ここでは検査結果として左右眼の前房隅角写真を供覧する.
 以上を参考データとして、次の問題はどうでしょうか.
『罹患眼は左右どちらか?』
『診断確定に必要な検査は? 最も考えられる診断は?』
『鑑別すべき疾患は?』
『治療は?』

ケース2 アイケア名古屋 症例 No. 6625 .33歳、男性
  初診:平成16年10月19日(四日市、高芝眼科・高芝紘之Drから紹介)
 病歴:小学校の時から視力はあまり良くなくて、矯正してもいつも0.3から0.4くらいだった.夜盲はなく視野も広い.ふだんは特に困ることはなかった.右目の視力が数年前から少し落ちてきたので、左目を利き目にしている.しばらく前から光がまぶしい.10 年くらい前(?)に某大学病院に検査入院して「珍しい病気だ」といわれたのを憶えているが、病名をいわれたかどうか記憶がない.
 どんな性質の病気か、進行しないかといったことを含めて、診断だけでもはっきりしたい、という要望がありアイケア名古屋に紹介されてきた.
 家族歴:両親や親類に目の悪い人がいるとは聞いたことがない.ただし、兄弟は弟と二人であるが、『弟は子供の時から自分にそっくりで、眼鏡をかけても視力が良くならない』、とのことである.
 検査:眼底検査で、両眼の黄斑部から周辺部にかけて異常所見がはっきりしている.弟に来院してもらって検査したところ、兄弟で同じ疾病にかかっていることが判明した.
兄弟の右眼の眼底のごく一部を図示する.
このケースで問題を作るとすれば、
『考えるべき疾患はどれか?』
『診断確定に必要な検査は?』
『予想される検査所見は?』
『今後の見通しは? 患者への対応と説明は?』
 診断や経過などの詳しい事は関連した最近の文献情報とともに次号で紹介します.


気になる略語 2題
ふだん何気なく使ったり耳にしたりしているが、気になりだすとしかたがない略語を紹介しておきます.いずれも業界用語であるから、誰かが迷惑するといったものではないが.
 FAG
いうまでもなくfluorescein angiography を省略してFAGといっています.日眼発行の用語集にも専門医試験にもFAGがでております.ただし、ほとんど我が国でだけ使われる言葉で、欧米ではFAを用いています.なお、fagは辞書にちゃんとのっている一般動詞ですが、あまり良い意味はもっていません.
 ORT
いうまでもなくorthoptist の略語であり、医師が視能訓練士諸兄を呼ぶ時に重宝するだけでなく、彼らや彼女らが自らを呼ぶ時も用いているようです.これも日本独特の略語で海外では通りません.欧米の視能訓練士のタイトルは、certified orthoptist であり、略称はCOです.ちなみに、我が国では眼科検査の補助員をOMAということがありますが、米国で相当するのはCOMT (certified ophthalmic medical technologist)です.

編集後記

2004年最後のアイケア名古屋ニューズレターをお届けします.
マックを用いて、資料の整理には123やFileMakerを、文書作成にはWordPerfectを、画像の処理や整理にはPhotoshopを主として使っております.こうした文書はPDFファイルに加工してメールで配布するのが便利なことを遅ればせながら知りました.PDFソフト(acrobat professional)を手に入れて初歩的使い方はなんとかできるようになりました.PDFはAcrobatによってWindowsでも容易に閲覧することができ、写真も印刷とは比べることができないくらいに鮮明な画像を眺めることができます.
 というわけで、次号からメールでお届けできればと思います.(大庭 紀雄).

 お差し支えなければ、送付先メールアドレスを下記あてメールでお知らせください.

  eye-support@eyecare-nagoya.com

監修:愛知淑徳大学教授  大庭 紀雄  

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