| 『神経眼科文献データベース』
1.神経眼科の用語メモ
眼科には『medical ophthalmology』『surgical ophthalmology』『neuro-ophthalmology』があり、診療や教育や研修、学会組織はこうした枠組に準拠して運営されている.視覚系に加えて眼球運動系や瞳孔系など広い範囲の課題をカバーする『神経眼科』は、国の内外でかなり古い歴史を誇っている.『神経眼科』の世界の現況を能率よく正確に展望する近道はインターネットである.原資料は米国 NLM の on-line データベース PubMed (2003年12月15日)から収集した.世界各国から最近10年間(1993-2002)に発表された英文原著論文(journal article)を標準医学検索用語(Medical Standard Headings, MeSH)の route MeSH [Eye Diseases]、major MeSH [optic nerve], [visual pathways], [visual cortex], [ocular motility disorders], [pupil] を用いて集めた.こうして収集した論文は総数10,106篇であった.書誌情報としてタイトル・抄録・著者所属・著者名・索引用語・雑誌名を抽出してデータベースソフト FileMaker にダウンロード、『神経眼科文献データベース』を作成した.このデータベースを利用するといろいろなことがわかってくる.ところで、日本神経眼科学会が昨年刊行した『神経眼科用語辞典、』は、隣接領域を含む専門用語を網羅して克明な解説を加えたもので、診療や教育や研究のレファレンスとして大いに活用されるであろう.英文表記を主とし和文表記を従としている.英文論文でも同じ用語が異なる綴りで表記されることがある.たとえば、視神経乳頭は optic disc であったり optic disk であったりする.以下は、『神経眼科文献データベース』で調査したいくつかの重要用語の使用実態である.
1.optic discとoptic disk
「視神経乳頭」は神経眼科論文で最も頻繁に現れる用語の一つである.162 論文のタイトルに現れ、7割強の表記がoptic discで約3割がoptic diskである.disk の使用頻度を国別にみると米国、ドイツ、日本からは約3割だが、英国と豪州からは皆無である.ちなみに、『神経眼科用語辞典(神眼用語)』は もっぱらdisc と表記し、日本眼科学会『眼科用語集第4版(日眼用語)』はdiscを優先している.
2.optic chiasm とoptic chiasma
chiasm/chiasma の割合は 53/9 とchiasmが圧倒的に多用されている.この傾向は発信した国や地域に依存しない.『神眼用語』はchiasma、『日眼用語』はchiasmである.
3.hemianopiaとhemianopsia
論文のタイトルに半盲(1/4半盲)が現れることは少ないので抄録を含めて調べてみると、hemianopia (quadrantanopia)は 95 論文に、hemianopsia (quadrantanopsia) は 47 論文に現れる. -anopia/-anopsiaの比率は 2:1 である.英国からの論文はhemianopiaだけを用いている.『神眼用語』は hemianop(s)iaとし、『日眼用語』はhemianopiaを優先している.
4.Fisher syndromeとMiller Fisher syndrome
『神経眼科文献データベース』10,106 論文中 86 論文のタイトルにFisher syndromeが現れる.Miller Fisher syndromeの頻度が大きく(70/86)、Fisher syndrome は例外的(7/86)である.この症候群はトロントの神経内科医Charles Miller Fisherが1956年に発表した古典的論文にはじまる.Miller-Fisher syndromeというハイフン付き表記(8/86)は冠病名の人名表記ルールに抵触する.我が国ではしばしばFisher 症候群が使用されるが、国際発表ではMiller Fisher syndromeとするのが無難だろう.『神眼用語』ではFisher syndromeとして解説され、Miller Fisher syndromeが別記されている.
5.Adie syndromeとHolmes-Adie syndrome
Adie syndromeとHolmes-Adie syndromeとが相半ばして用いられている.『神眼用語』では両者が併記されている.AdieやHolmesに先行した他者の論文発表がいくつかあるが、表記の経緯は調査中である.
6.症候群の収載
『神経眼科文献データベース』に収載された 10,106 論文のタイトルに神経眼科関連の syndrome が現れるのは 1,140 件と1割強である.ランキング 10 位までを挙げると、Horner, Miller Fisher, Kearns-Sayre, Duane, Wolfram, Tolosa-Hunt, Brown, Steele-Richardson-Olszewsky, Adie, Guillain-Barre の各 syndrome である.1位の Horner syndrome には Claude Bernard-Horner syndrome と表記した論文が1件ある.近代実験医学の開祖というべきパリの Claude Bernard が Horner に先行してウサギで頚部交感神経切除によるユニークな現象を記述していることから、フランスからの論文は現在でもBernard-Horner syndrome あるいは Claude Bernard syndrome を用いている.Argyll Robertson syndrome (pupil) はこの 10 年姿を消している.pseudo-Argyll Roberton syndrome をタイトルに含む論文が1件ある.なお、『神眼用語』のみならず教科書や参考書は昔も今も Benedikt syndrome, Fovile syndrome, Millard-Gubler syndrome という中脳被蓋症候群を掲載しているが、『神経眼科文献データベース』には見当たらない.
7.Pseudo 病名
似て否なる病態を表わすために付加されるpseudo を接頭語とする病名として、『神眼用語』は pseudo abducence palsy, pseudo Argyll Robertson pupil, pseudo-Foster Kennedy syndrome, pseudo-MLF syndrome, pseudopapilledema, pseudoptosis, pseudotumor cerebri, pseudotumor orbit, pseudo-von Graefe sign を収載している.いずれも『神経眼科論文データベース』に現れる.最頻は pseudotumor cerebri である.『神眼用語』に収められていない pseudo 病名には pseudoaneurysm, pseudo-superior oblique overaction, pseudo-Brown syndrome, pseudo-oculomotor nerve palsy, pseudo-double elevator palsy, pseudotonic pupil がある.また、 orbital pseudo-pseudotumour, pseudo-pseudotumor cerebri, pseudo-pseudo-Foster Kennedy syndrome を主題として珍奇な症例報告がみられる.
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