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第19号 7/20 2004
インドシアニングリーン 光 と 影

硝子体手術が黄斑円孔や糖尿病黄斑浮腫にも拡充される経過ではさまざまな器具や手技やガスや薬剤が工夫されてきたが、このところ話題を集めるのは黄斑部の内境界膜(ILM)を 剥ぎとるILM peelingである.コア硝子体切除に加えてILMを取り除くと、難治性の黄斑浮腫が軽減したり黄斑円孔の閉鎖が促進することが報じられてきた.ただし、ILMはごく薄くて無色透明だから、隣接する神経線維層や神経節細胞層を傷めることなく選択的に切除することは難しいにちがいない.そこで、案出されたのがインドシアニングリーン(indocyanine green, ICG)を注入してILMを選択的に染めて同定する手技である.このICG-assisted ILM peelingは、Kadonosono H(横浜市立大)が2000年のAJOに発表した論文が嚆矢だった.世界の術者が導入し、2001年から2002年にかけて有用性を確認したとする論文が次々に公表された.安藤文隆も国立名古屋病院時代ILM peeling(ICGを使わない)を実践していたので、この方法を採用してその後多数の症例に応用した.症例の蓄積とともに有用性の一端を確認したのだが、anatomical outcomeはしごく良いのに視機能の改善はパッとしない、パッとしないどころか非可逆的の視野異常や視神経萎縮などを示す症例が少なくない、という気がかりな経験を重ねた.新しい手技であるからlearningバイアスが絡んでいることも考えられたのであるが、蓄積された症例を集計してそれ以前に行ったICGを使わない事例と比較すると術後の経過にかなりの違いがあるのを確認したのだった.つまり、 ICGはILM の除去という手術操作のためには有益なのだが、「悪さをすることもあるにちがいない」と結論せざるを得なかったのだった.
ILMを染めるためのICGは、網膜に有害であるかもしれないことを、きちんとした形で最初に指摘したのは安藤文隆であるにちがいない(ほぼ同じ頃、安藤とは独立に同じような主張をするグループがドイツに現れた).すなわち、2002年3月に開催された第8回日本糖尿病眼学会で報告した.しかしながら、その時の会場では懐疑的な意見や批判的な意見が支配的だったという (外国からの報告には率先して追従するのと対照的に日本人による新情報には冷たい、という風土はまだまだ健在だ!).そんなわけで論文発表にはやや時間を要したのであるが、今年になって下記の3論文が発表された.2本は印刷中だから最新情報として紹介しておきたい.(大庭 紀雄)

1.Ando F, Sasano K, Ohba N, Hirose H, Yasui O. Anatomic and visual outcomes after indocyanine green-assisted peeling of the retinal internal limiting membrane in idiopathic macular hole surgery. Am J Ophthalmol 2004; 137: 609-614.1998年から2001年までの4年間に行われた特発性黄斑円孔96例(97眼)をレトロスペクティブに次の3群にわけて比較した.I 群:ILMを除去なし(48例47眼)、II 群:ICG を用いないでILMを除去(21例21眼)、III群:ICGを用いてILM を除去(28例28眼).年齢・性・円孔持続時間・術前視力・経過観察期間(平均15か月以上)は群間差なし.初回手術による円孔閉鎖率:群間差はないが、I 群85.4%、II 群85.7%、III群100%とICG使用群で良好だった.
術後視力:Iと IIとで向上するが、両群間に差はない(ILM除去によるいっそうの視力改善はない).ところが、 III群では術後視力は術前と差はなく、しかも28眼中の8眼は視神経萎縮をきたし非可逆的視野欠損(主として鼻側周辺)をみた.こうした望ましくない結果をもたらす機序は不明だが、臨床的に同質としてよい症例群の比較であるから症例選択バイアスは小さく、すべて同一術者(安藤)だから技術バイアスも小さい. ICGの調整方法やICG自体の網膜への有害効果などが検討課題として考えられた.いずれにせよ、ICG使用によるILM除去はしばらく見合わせたのであった.
今年4月発行AJOの巻頭に掲載されたこの論文は、世界各地のvitreoretinal surgeonにかなりのインパクトを与えたことは間違いないだろう.事実,発刊1か月後までにToronto(カナダ)、Oxford(英国)、Munich(ドイツ)の各大学病院からAJOの編集長宛にcorrespondenceが寄せられた.いずれもICGの使用には慎重さが必要だとする著者の意見に同意する旨であった.コメントに対する著者(安藤)のreplyがAJOに近く掲載されるはずである.

2.Ando F, Yasui O, Hirose H, Ohba N. Optic nerve atrophy after vitrectomy with indocyanine green-assisted internal limiting membrane peeling in diffuse diabetic macular edema. Graefe’s Archive Clin Exp Ophthalmology 2004; in press.光凝固療法に抵抗する難治の糖尿病黄斑浮腫の浮腫軽減を目的として、ICG-assisted ILM peeling を11 例15眼に実施、平均20.5か月経過観察.最終時点でのOCT所見を参考にすると、黄斑浮腫は11眼 (73.3%) が消失、3 眼(20.0%) が減少、1 眼(6.6%)が不変であった.視力は4眼が改善、6眼が不変、5眼が悪化した.LogMAR視力をみると術前と術後の間に差はなかった.注目すべきは7眼(46.7%)が術後6か月以内に視神経萎縮と周辺視野沈下(主として鼻側)とを示したことである.

3.Ando F, Sasano K, Suzuki F, Ohba N. Indocyanine green-assisted ILM peeling in macular hole revisited. Am J Ophthalmol 2004; in press.『黄斑円孔に対するICG-assisted ILM 切除の再検討』 ICGの網膜への有害効果が考えられたので、ICGを援用したILM切除はしばらく休止したが非染色による切除はかなり困難なことが多かった.そこで、再検討を目的として、ICGの濃度と適用時間を取り上げた.それまではいずれも0.5% を用いたのだが、今回は0.05%とした.また、網膜上への作用を長くても10 秒とした.一種の研究だから、事前に説明を十分に行って同意をとったことはもちろんである.こうした適用条件をこれまでに16例に実施してきた.ICGの濃度を10倍だけ薄めた結果、約1/3 の症例ではほんの僅かだがILMに染まって同定することができるのだが、残りの2/3 の症例ではほとんど染まらない.染まらない場合には、再注入すると先に作ったILM上の裂隙を介してその周囲が染まり同定することができた.平均12.3か月の経過観察で、術後の視力は改善しただけでなく、視神経乳頭の蒼白化や周辺視野異常をきたした事例は皆無である.この結果から、ICGの網膜への有害効果を軽減させる方策として、濃度をできるだけ低くすること、網膜への接触時間をできるだけ短くすることが考えられる.これまでは後ろ向きのcase seriesの検討によるものであった.今後はランダム化比較試験による検討が期待される.

Miller Fisher 症候群の原著
Miller Fisher, MD: An Unusual Variant of Acute Idiopathic Polyneuritis (Syndrome of Ophthalmoplegia, Ataxia and Areflexia). New Engl J Med 1956; 255: 57 - 65
Miller Fisher syndromeは失調・外眼筋麻痺・腱反射の亜型とされる神経病である.Miller Fisherが1956年、New England Journal of Medicineに3例を報告したのが最初である.Miller Fisherが原著で記載した消失を3主徴とし、Guillan-Barre 症候群3例の臨床所見は表のとおりである.
 この症候群は、全外眼筋麻痺を最も顕著な徴候とし、加えて体幹および四肢筋運動失調、眼瞼下垂および共同性注視麻痺、他の脳神経の関与、四肢に明らかな運動障害および感覚障害を伴わない腱反射の減弱(消失)をみる.その他、脳脊髄液は細胞数正常で蛋白の上昇を示すのが特徴である.内眼筋麻痺をみることもある.

 2003年発表の総説によれば、男女比は2:1、平均発症年齢は43.6、ウイルス感染症状が7割で先行、先行するかぜ症状と神経症状の間隔は平均10日.発症時所見は眼球運動障害に加えて、腱反射が8割で消失、眼球運動関連以外の脳神経障害は56% (7番最頻、次いで9番、10番脳神経)、髄液蛋白上昇を65%の症例にみる.意識混濁、核上性眼筋麻痺、脳波異常、CT異常をみることがある、経過と転帰は一般に良好で、発症から数えて平均10週後には回復するのがふつうである.

 最近の研究によれば、mycoplasma pneumoniaeまたはcampylobacter jejuniといった病原微生物が関連して眼球運動神経核や小脳ニューロンを標的とする自己抗体が産生される自己免疫が有力視されている.こうした観点からMiller Fisher syndromeとGuillan-Barre syndroemeとは病因を共有する一連の疾患だと考えられている.
 Charles Miller Fisher (1913 - 1998) はカナダ・オンタリオ出身、Toronto大学卒業後第2次大戦に従軍、乗艦していた潜水艦が南太平洋でドイツ海軍に沈められ捕虜になった(キャンプ生活で覚えたドイツ語が後年のドイツ語の神経学文献研究に役立ったとのこと).復員してToronto大学で神経内科を専攻、1954年Harvard大学神経内科主任教授に招聘され、臨床神経学の発展に尽力した.最も有名な仕事は内頸動脈血栓と脳梗塞との関係を明らかにしたこと、TIAを最初に提唱したことである.
 なお、日本ではFisher 症候群と呼ばれるが、欧米ではMiller Fisher syndromeと表記するのがふつうである.

Miller Fisherの原著 Miller Fisher症候群3症例の要約
症例1症例2症例3
年 齢456363
症状完成期間4日2日5-6日
眼球運動全外眼筋麻痺全外眼筋麻痺下方視は可能
対光反応
眼瞼下垂中等度眼瞼後退中等度
ベル現象--+
眼 底 正 常 正 常 正 常
顔面神経麻痺--
運動失調重 度重 度 重 度
四肢筋力低下--
パレステジー+--
感覚障害+--
深部腱反射---
頭 痛 +-+
傾 眠 -軽 度-
精神変状---
複 視+-+
発 熱---
回 復良 好完 全良 好
緩解週数12712
脳脊髄液蛋白治 療340 mg/dlなし未 検なし6週正常なし

監修:愛知淑徳大学教授  大庭 紀雄  

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