話 題:弱 視 Amblyopia Amblyopia Amblyopia
amblyopiaが『弱視』と邦訳されて臨床に持ち込まれたのは40年ほど前のことだ(日本眼科學會雜誌に現代的概念の『弱視』が登場するのは1959年).observational studyではじまった『弱視』は1960年代のHubelとWiesel の画期的実験に裏打ちされて診断面でも治療面でも一定の知識と実践が完成して今日にいたっている.簡単にいえば、視覚発達期特有の現象である.早期診断・早期治療の絶好の標的であり、『臨界期 critical period』を過ぎるともはや2点分離能をはじめとする視覚機能の発達は望めない.こうした診療原理の大綱がゆるぐことはないのだが、補完修正を迫る報告がいくつか出ているので読んでみよう.
乳幼児期の眼検診は有用か? 弱視の早期治療は本当に有効か?
Snowdon S, Stewart-Brown S. Preschool vision screening: results of a systematic review. Health Services Research Unit, University of Oxford Unit Report. 1997.
英国医療制度NHS構築のための研究として、弱視・屈折異常・斜視の疫学・自然経過・病態・治療効果について蓄積された文献情報をsystematic reviewの手法を用いて分析した.悉皆調査によって検出された5,000 件から85 件を選び出して詳細に検討、必要な場合は著者に未発表データの照会を求めた.『弱視』の自然経過の前向き調査報告は皆無である.『弱視』がquality of lifeに与える影響の調査報告は皆無である.ランダム化比較研究が5件、前向き対照研究が6件あるにはあるが方法論に欠陥がある.とりわけ『弱視』の治療群と非治療群とをランダム化盲検比較した研究は皆無である、というのが結論である.英国では眼科検診は3?4歳で実施されているが、有効性を支持する証拠は乏しいから費用対効果も考えて見直すべきであると論破し、RCT(randomized controlled trial,ランダム化比較試験)の実施を勧告している.この報告がOxford大学から公表された1997年は、EBMが隆盛になった時期と重なる.一般には流通しなかったが、英国の医師会や眼科や視能訓練の医療保健関係者からの反響は大きく、British Medical JournalやBritish Journal of Ophthalmologyにコメントが寄せられた.屈折矯正と遮閉法を主体とする『弱視』治療の歴史は古く、世界中で乳幼児の視覚スクリーニングの実績が積み重ねられ、その効果を疑う余地はない、この報告の結論は勇み足だというのがおおかたの論点であった.
さて、批判的論評に対応して英国でRCTが企画実施されて5年が経過、昨年あたりから3歳児検診は就学時あるいは就学後よりも効果的であるというエビデンスがさかんに提出されてきた.
Williams C, Northstone K, Harrad RA et al. Amblyopia treatment outcomes after screening before or at age 3 years: follow up from randomised trial. BMJ 2002; 324: 1549-1553
イングランド南西部AvonにWHO主管によって設定された母子コホートの大規模縦断研究(Avon longitudinal study of parents and children; ALSPAC)に便乗して、弱視の早期診療の適否をRCTで検討.治療群 は8, 12, 18, 25, 31, 37月齢時に眼位と視力と調節麻痺下屈折とを検査、弱視が検出された場合は治療(屈折矯正+健眼遮閉)を始める.対照群は37月齢時に初めて検査し弱視があれば治療を始める.そして、7.5歳時の結果を両群間で比較した.研究に参加したのは3490人で、最終データを得たのは1914人(治療群1088人、対照群826人)だった.7.5歳時の弱視の有病率は、治療群0.6%・対照群1.8%と治療群のほうが小さかった(p = 0.02).各個体について視力が低いほうの眼(初診時の弱視眼)のlogMAR表示視力値は平均でみると治療群のほうが小さかった(治療群/対照群logMAR = 0.15/0.26、p<0.001).
Clarke MP, Wright CM, Hrisos S, et al: Randomised controlled trial of treatment of unilateral visual impairment at preschool vision screening. Br Med J 2003; 327: 1251-125
英国の8施設共同RCT研究で、3?5歳時のスクリーニングで軽度から中等度の片眼性弱視(スネレン視力6/9 - 6/36)が検出された177人を、屈折矯正眼鏡装用だけ・眼鏡装用と健眼遮閉・無処置の3群にランダム化して治療を続けた.開始時月齢や弱視の程度に群間差はなく、52週まで経過が追えたのは168人 (95%) だった.眼鏡+遮閉群の59人は1年の経過中に視力はしだいに向上した.ただし、無処置群との視力の差異は、スネレン視力表で1段階ほどと僅かだった(P<0.0001).治療効果は開始時の弱視の程度に依存した.すなわち、眼鏡+遮閉群でみると中等度弱視(6/36 - 6/18)は顕著に回復したのだが、軽度弱視(6/9 - 6/12)は改善しなかった(p = 0.006).
こうした英国からのRCTに併行して米国でもPediatric Eye Disease Investigator Groupによって多施設共同のRCT盲検研究が数年前から行われ、02年度から03年度にかけて中間報告がいくつかされている.要点は、健眼遮閉やアトロピン懲らしめ法の治療成績をさまざまな視点から検討すると、早期の検診と弱視治療の開始は十分に意味があるという内容である.
《コメント》きちんとした研究によって弱視を早く発見して適切な治療を行えば視力発達の遅れを取り戻すことができる、という従前のobservational studyはEBMの視点からみても確認されたといってよいだろう.治療開始時の視力が比較的良い事例(たとえば、スネレン視力で6/12)と不良の事例(たとえば、20/200)とで改善率が異なるのかどうか、治療効果が弱視の病型で異なるのかどうか、といった課題はなお残されている.こうしたRCTがいくつか出揃った段階で、systematic reviewあるいはメタ分析を行って成績を統合評価すべきである.いずれにせよ、1997年に英国で提起された問題、すなわち3歳時眼科検診は『弱視』でみる限り意義ありとして異論は出てこないだろう.
弱視治療のcritical period, sensitive period
成人はもとより『臨界期』を過ぎた年長児の『弱視』は治せない、というドグマが固定概念として定着してきたのだが、かなりあやしくなってきたようだ.このところ見直しや修正を迫るデータが蓄積してきた.
●成人の弱視でも、健常眼の視力が低下すると、自然に改善することがある.(Lancet 2003; 360: 621-622)
『片眼性弱視』254例(年齢11 歳以上)の経過.健眼の視力がさまざまな原因で低下した症例を集めて弱視眼の視力を調べた.、25例(10%)が弱視眼の視力が改善した.いわば成人弱視の自然の実験治療効果である.
●10代の弱視でも遮閉療法によって視力が改善する(J Pediatr Ophthalmol Strabismus 2004; 41: 89-95)
55 例(11-15 歳)の弱視(斜視弱視、不同視弱視)に3か月間終日健眼遮閉、次いで3?6か月にわたって1日4時間遮閉したところ、すべての症例の視力が改善した(平均0.46 logMAR).1年半経過をみた32 例では、29例(91%)は一旦改善した視力は何もしなくてもそのまま維持した.
●10代の弱視治療:前向き検討(Am J Ophthalmol 2004; 137: 581-583)
10-18歳の66例(20/40 - 20/160).健眼遮閉(2時間以上)と近業(1時間以上)を2か月にわたって持続.18例(27%、95%CI = 17% - 40%)の視力が2段階以上向上した.効果は14歳前と15歳以後で同じ.
●10 代と成人の弱視眼の視覚可塑性(Zhonghua Yan Ke Za Zhi 2003; 39: 710-713)
15 - 17歳47例、18 - 45歳55例を弱視治療(屈折矯正・遮閉・遠近penalization)、いずれの群も視力は有意に改善し、しかも1年?5年の経過で改善した視力を維持した.
●PCゲームによる弱視治療(Klin Monatsbl Augenheilkd 2001; 218: 243-250)
映像視覚訓練の効果を6 - 13歳の弱視14例でランダム割り付けで検討、7例は治療群として正弦波格子像を背景に加えて提示、7例は対照プラセボ群として背景だけを提示(1日20分、10日連日).治療群はプラセボ群よりも大きな視力改善を示した.
●知覚学習による成人弱視の視覚改善(PNAS 2004; 101: 6692-6697)
片眼性弱視の成人にperceptual learning(知覚学習)を促す視覚訓練刺激を与えた.確実に視力が改善した.
《コメント》いわゆる『臨界期』を過ぎた10 代以後にも遮閉を中心とした療法によって弱視眼の視力はみちがえるほど改善することが報じられた.こうした報文を読み取る時の留意事項はいうまでもなく、視力回復事例だけが興味をもって報告される、効果がなかった事例はお蔵に入る、つまり公開バイアス(publication bias)の問題である.こうした基礎データがあるから、EBMとしての積極的なランダム化比較試験を企画実施する意義があると思われる.年長の弱視の子供や親に『critical periodが過ぎたから視力は諦めるしかない』と一律に説明するのは間違いだという時代がまもなくやってくるのではなかろうか.弱視の病型にも依存するのだろうが、視覚系の発達に問題があると信じられる弱視の病態や治療には、神経可塑性(neural plasticity)の問題が鍵を握るにちがいない.発展途上の『脳の生理や心理』の知識や技術を弱視研究に援用すべきである.我々眼科医は昔も今も、『練習効果』や『繰り返し検査による慣れ効果』に過ぎないから意味はないとして真面目に取り組もうとしなかった事象や経験はないだろうか.perceptual learning(知覚学習)による視力回復の方策は大きな研究課題になる予感がしてならない.
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