(図1)Wilbrand と Wilbrand's knee 原図

Hermann Wilbrand(1851-1935)は視野研究のFoersterのもとで眼科を学び、1879年からHamburg 大学の教授を勤めた.神経眼科に興味をもち『神経眼科学教本Neurologie des Auges』を著した神経眼科学の父ともいうべき人で、視覚路の構造と機能を論じた.Golgiの「視覚中枢は皮質下に存在する」という考え方を論破し、視覚の局在は後頭葉皮質にあること、同名半盲は視放線や後頭葉皮質の病変でも起こること、網膜の異名半側は後頭葉皮質に対応して投射されることなどを明らかにした.1929年発表の論文(図1)は、視交叉部における交叉性線維と非交叉性線維との走行、網膜の視神経線維の起始と視神経乳頭部から視交叉部での局在関係(retinotopic projection)をくわしく描記している.片眼の重度視神経疾患を患ったために視神経線維が萎縮脱落した標本を観察したものである.こうした状況のもとで、視神経の乳頭部から視交叉部にかけて視神経線維の走行を一義的に調べることができたのだった.
視交叉部の構造や視野について成書をひもとくと必ずでてくるのが、その前部に位置するWilbrand's kneeという妙な名前である.この特異な構造は、片眼の中心暗点と他眼の連合暗点(junctional scotoma)の発生機序につらなる.つまり、視神経線維は視交叉部に達すると、網膜の鼻側に発した線維は視交叉部で交叉して反対側の視索に、耳側に発した線維は交叉しないで同側の視索に向かうのだが、鼻側下方からの交叉線維は交叉部の入り口で一旦反対側の視神経を回り込んでから交叉部を通過していくというもので、膝(knee)を思わせる走行をとる(図2).
(図2)
Wilbrand's knee と 視野異常
60年代はじめ神経眼科のWilliam Hoytは、実験的に網膜の一定箇所を光凝固して視神経線維損傷を作成、Wilbrand's kneeを追認した.ところが、1997年になってHortonは、サルを用いた実験によって、Wilbrand's kneeは正常状態では存在しない、そうした走行が観察されるのは死後変化あるいは片眼視神経線維損傷による一種の人工産物であろうと論じている.臨床的には、さまざまな視交叉部隣接領域の疾患を基盤とする前部視交叉症候群(anterior chiasmal syndrome)で、Wilbrand's kneeによってうまく説明できるユニークな視野異常を見る(図2).『膝』が存在しないとすれば、そうした視野異常の成因をどう理解したらよいのだろうか.
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