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第12号 9/20 2003
近着最新情報

タイにおける緑内障の疫学(BJO 2003;87:1069-1074)
50歳以上の成人701人中27人(3.8%)が緑内障に罹患.内訳はPOAG = 67%, PACG = 21%,secondary glaucoma = 12%. 緑内障はタイにおける視力障害原因の第2位である.(コメント:正常眼圧緑内障のことは言及なし).
オマーンにおける糖尿病網膜症(BJO 2003;87:1061-1064)
無作為抽出の糖尿病患者2249人の調査.網膜症は14.4%、50代と60代の男性に多い.背景網膜症=8.7%、増殖網膜症=2.7%、黄斑症=5.1%.罹病期間、HbA1c 9%以上、高血圧・腎症に依存して発症した.
インドネシアの農村地帯における視力障害調査(BJO 2003;87:1075-1078)
 成人での視力障害率は加齢とともに増加、両眼low visionが5.8%、両眼blindnessが2.2%.Low visionの原因は白内障(61%)・屈折異常(12.9%)・弱視(12.9%).Blindnessの原因は白内障(62.5%).この結果はアジアの低開発国と同様で、多くは治療可能である.
新生児鼻涙管閉塞に対する治療の遅れ(BJO 2003;87:1151-1153)
 生後1年以上も経ってからブジーを施行した101例138眼(13-60か月)の前向き調査.治癒率:施行時月齢13-24か月では89%、24か月では72%だった.膜様閉塞事例では90.2%、複雑閉塞事例では33.3%だった.ブジー療法の効果は、施行後1週目の結果が鍵であった.
新生児期眼位異常と斜視発生(BJO 2003;87:1142-1145)
 214人の視能訓練士が自分の子供達を出生直後から15年間にわたって前向きに観察した.新生児期にときどきだけ眼位ずれを起こした子供は、まったく起こさなかったり、しばしば起こした子供よりも斜視や屈折異常を起こすことは少なかった.輻湊運動の発達は、遠視眼のほうが正視眼や近視眼よりも遅かった.
早期発症調節性内斜視と乳児内斜視は鑑別できるか(Eye 2003; 17, 707-710)
 乳児期発症の内斜視256例の事後調査.2.5D以上の遠視を示したのは37例(14.4%)であった.その中の18例(48.6%)は眼鏡だけで眼位は改善した.残る19例は眼位はかなり改善したが手術を必要とした.初診時月齢・遠視の程度・斜視角・弱視・不同視・下斜筋過動に両群に有意差はなかった.真の調節性内斜視と真の乳児内斜視との鑑別は乳児期には困難である.乳児内斜視であっても眼鏡矯正がかなりの程度まで有効である.ゆえに、乳児内斜視であっても2.5D以上の遠視がある場合は早い時期から眼鏡を装用させるのがよいだろう.
弱視治療としてのアトロピンと遮閉の比較(Ophthalmology 2003; 110: 1632-1637)
 Amblyopia 409例(7歳以下、視力0.2-0.5)をアトロピン療法または遮閉法にランダム化して、6か月後の治療効果を検討.全体として遮閉群の視力改善効果はアトロピン群よりもわずかに大きかった.治療前視力・年齢・弱視の成因と視力改善との間に関連はなかった.0.4-0.2の視力で1日10時間以上遮閉した場合は、効果がより大きかった.
虚血型網膜中心静脈閉塞に対する外科的治療(BJO 2003;87:1126-1129)
 Ischemic CRVOの有効な治療法は知られていない.7例8眼について、硝子体切除・汎網膜光凝固・ガス注入を行った(4眼では網膜切除を追加).血管新生緑内障を来したものはなく、視力の改善がみられた.いくつかの症例は白内障を併発した.3例で網膜静脈の怒脹が消失した.
ベーチェット病の嚢胞様黄斑浮腫に対するダイアモックスの効果(Eye 2003;17, 762-766)
 29例55眼を対象としたランダム化二重盲検比較試験.ダイアモックスによって蛍光眼底造影所見の改善率がやや大きかったが、プラセボと比較すると有意差はなかった.視力改善にも有効とはいえなかった.
緑内障の術後の網膜神経線維層の厚さ(Ophthalmology 2003; 110: 1506-1511)
 濾過手術後の眼圧下降に対応して、視神経線維層は有意に厚みを増す.
難治性緑内障の網膜切除療法(BJO 2003;87:1094-1102)
 薬物や濾過手術が無効の難治緑内障(眼圧>35 mm Hg, 4か月以上)44例(血管新生緑内障12、先天緑内障3、無水晶体眼13、重度外傷7、Ehlers-Danlos 2).硝子体切除術・周辺部網膜切除・ガスタンポナーデを施行後5年の経過で、約半数が合併症なく眼圧調整に成功した.血管新生緑内障の成績は不良、ぶどう膜炎に続発した事例では眼球癆になりやすかった.
米国における滲出型加齢黄斑変性の頻度(Ophthalmology 2003; 110: 1534-1539)
 65歳以上の健康保険加入者について無作為抽出調査.滲出型加齢黄斑変性の発生率は1000人当たり9.4から11.4と見積もることができる.女性がわずかながら多い.白人は黒人よりも5-6倍大きい.この調査結果はBeaver Dam Study の結果と一致しており、米国における標準資料となるであろう.
ICG染色による黄斑前膜切除後の視野異常(Am J Ophthalmol 2003; 136: 252-257)
 ICGによる網膜内境界膜染色による切除を併用した硝子体手術で7例中3例で、術後に周辺視野異常を来たした.ICGを併用しなかった9例では、そうした異常はみなかった.




Randomized controlled trial (RCT)


 Evidence-based medicineのための臨床データや薬効の評価には、思い込みやバイアスを避けた客観的統計データが重要なことは過言を要しない.最近の論文データベースMedlineは、検索フィールドに「Controlled Clinical Trial (CCT)」や「Randomized Controlled Trial (RCT)」を設けて論文検索に便宜をはかっている.
 1987年から2002年までの16年間の眼科領域でのRCT論文をみると、47か国から合計1596件発表された.眼圧下降薬の薬効、糖尿病網膜症や未熟児網膜症の光凝固治療、加齢黄斑変性や網膜色素変性の薬物療法、白内障手術の局所麻酔薬、緑内障濾過手術や翼状片切除でのマイトマイシン併用などさまざまな課題が検討され、治療方針や意志決定の参考にされている.
 

 世界中から発表されるRCTは年を追うごとに増加、最近では年間300件に達している(左図参照).国別ランキングをみると、米国が断トツで、英国・ドイツ・イタリア・日本が続いている.トルコ、中国、韓国の活躍も注目に値する(別表参照).日本は上位に位置するものの実数は年間約10件(シェア3%)にとどまり、増加のきざしはみえない(別図参照).日本から発信される眼科からの一般論文の生産量がウナギ昇りに増加して、国際情報の10%を越えるシェアをしめているのと相容れない.つまり、日本はRCT研究実績が比較的弱いことになる.時間と労力とを要し、いわゆるノイエスは出にくく、国内であまり評価されない仕事には手を染めたくない、といった環境や風土を反映しているのかもしれない.

 


視交叉とJohn TaylorとOculist

 前回は前部視交叉症候群とWilbrandの膝を取りあげたが、視神経線維の部分交叉が両眼視にかかわることを最初に提唱したのはIsaac Newtonだとするのが定説である.そして、視交叉の解剖を初めて描記したのはJohn Taylorである.引用図はTaylorが1750年に出版したもので、鼻側からと耳側からの神経線維は視神経から視索までまったく混ざりあうことがないとした誤認はあるものの、全体としてきわめて正確な観察である.John Taylor (別称Chevalier Taylor、1703-1772) は18世紀の英国を代表する眼科医で、眼球の解剖、白内障の本態、白内障の手術法と合併症など先駆的業績がある.こうした著作にはその後の尊大で勝手気侭な生活を想起させるものはうかがえない.すなわち、Taylorは後年になるとitinerant oculistとしても活躍した.
  itinerant oculist (巡回眼科手術医)というのは、各地に出張して白内障や斜視の手術の芸を売って歩くといういわば旅芸人のような存在で、眼科の専門病院が設けられた19世紀初頭まで隆盛であった.こうした眼科医の実態は不明だが、Taylorはこの方面でも著名で英国だけでなくヨーロッパの各地を「巡業」したのだった.白内障の術式はDavielの術式開発前で墜下法であった.itenerant oculistとしてのTaylorは、腕は確かだが評判は今一つだったようだ.誇り高き英国紳士のTaylorは、高価な服装を宝石で飾り、数台の馬車を用意させて助手を従えて旅にでるのだが、手術の翌朝には次ぎの「巡業先」に向かってしまうのが習慣だった.貴族やブルジョアから白内障手術を依頼されることがあったが、失敗におわることも稀ではなかったようだ.宣伝好きで法螺吹きで、手柄話を各地のマスコミに熱心に売り込んだ.有名な話は、18世紀を代表する音楽家JS BachとHaendelの白内障を手術して成功したと自慢してまわったのだが、実際には視力を回復させることはできなかった、というものである.こうしたことがプロシャ王Frederick2世の逆鱗にふれてお抱え眼科医の地位を逐われたのだった.皮肉なことに、Taylorは晩年、視力障害に悩まされたという.  ちなみに、oculist という名称であるが、19世紀後半に眼科が近代化するまで用いられた.眼科の知識と技術が専門化するとともにoculistに替わってophthalmologistが用いられるようになった.語源は「oculus ラテン語でeye」、「ophthalmo ギリシャ語でeye」である.我が国でいえば「目医者」と「眼科医」に相当するのだろう.

 


<編集後記>
 冷夏に続く残暑もようやく峠をこえて好季目前です.臨床メモにはRCTをとりあげ実態を調べてみました.EBMと並ぶ最近の輸入概念RCTの日本語訳は、二重盲検試験というのは間違いであり、無作為化(ランダム化)盲検試験といった訳語が適切のようですが、まだ一定のものはないようです.
監修:鹿児島大学名誉教授  大庭 紀雄  

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