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第6号 12/19 2002
近着最新情報

内境界膜切除併用黄斑円孔手術の長期成績(AJO 2002; 134: 661-666)
特発性黄斑円孔99例を手術(硝子体切除+ILM切除+C2F6置換)、平均32か月後(最短1年後)の成績. ICG染色などを加えることなく内境界膜の単純剥離によって、長期にわたって良好な視力を維持することができる. 視神経線維の機械的損傷が原因で傍中心窩の暗点が発生するが、多くはsubclinical である.
成人の斜視の術後に複視が持続するのはごく稀である(AO 2002; 120: 1498-1504)
Graefe (1854) 以来知られている斜視の術後複視について、術前のプリズムテストによる複視発生リスクと術後の複視を検討. 術前にプリズムで正位にした場合に複視が生じるかどうかを424例(主として単純な内斜視、外斜視)でみると、 プリズムテストの sensitivity = 100%、specificity = 73% であった.テスト陽性(複視を訴える)は 143 例(34%)あり、 実際に術後に一過性に複視を訴えたのは40例(9%)だった.一方、頑固な複視が続いたのは、わずか3例(0.8%)に過ぎなかった. (コメント:異常対応をもつ斜視を手術によって正位にすると、対応異常があるとやっかいな複視が理論的には起こるのだが、 そうした事例は稀だと思われる. 本でも話でも異常対応のことは必ず話題になるが、その疫学的知見は乏しいのではなかろうか).
加齢黄斑変性の病理:網膜細胞のアポトーシスが起こっている(AO 2002; 120: 1435-1442)
加齢黄斑変性の剖検眼(10 例.萎縮型6、滲出型3、軟性ドルーゼン1)をTunel法と Fas 染色とを用いて検索、正常9眼と比較した. 加齢黄斑変性では脈絡膜内層・色素上皮・視細胞・内顆粒層にTunel陽性細胞がみられ、 特に萎縮型では萎縮病巣の辺縁部の杆体視細胞と色素上皮細胞にアポトーシスが見られた.病巣部の視細胞は強くFas陽性だった.
加齢黄斑変性の黄斑下脈絡膜血管新生のverteporfin 療法(AO 2002; 120: 1443-1454)
米国TAPグループによる photodynamic トライアル治療成績の続報.血管新生のサイズやパターン(顕在か濳在か)との関係を探っている. 古典的顕在型の新生血管に対する効果は濳在型新生血管の併発とは関係なしに有効である. また、サイズが小さいほど、視力低下が強いほど効果が大きいように見える. だが、こうしたことが本当にいえるかどうかさらなる検討が必要である. (コメント:PDT が安全で有効な治療法であることを確認したとしている. なお、このトライアル成績発表にはスポンサーとなった営利企業の研究者が著者に名前を連ねていることに留意すべきである.)
Tissue plasminogen activator(tPA) 前房内投与:緑内障に対するaqueous shunt術後の出血や凝血による弁閉鎖を予防する(AO 2002; 120: 1487-1493)
Aqueous shuntを行った620例の中で、血液やフィブリンを併発した36例にtPAを前房に注射、32例(88.9%)で弁の閉鎖を防ぐことができた.
緑内障の乳頭周囲網膜血管:狭くなっている事例では視野障害が著しい(AO 2002; 120: 1494-1497)
原発開放隅角緑内障325名の眼底写真を検討、87名で鮮明な写真を得た. この中の31例では、一眼にかぎって、乳頭周囲の網膜血管(乳頭縁から1/2乳頭サイズまで)が局部的に狭くなっていた. 視野障害の程度との間に相関があった.
視神経鞘髓膜腫の自然経過(AO 2002; 120: 1505-1508)
16例を平均 6.2 年(2ー18年)にわたって、初発症状からは平均 10.2年(3ー28年)にわたって経過を観察した.その間に死者なし.何年も長期にわたって安定し、いくらか視力が改善した症例がいくつかあった.放射線照射は合併症を来たすことがあるので、まず経過を観察して視力低下がはっきりするまで保留するのが最善であろう.
視野障害と車の運転(AO 2002; 120: 1517-1522)
運転事故でエアバッグが作働した場合の眼外傷について、2万件以上を調査した.エアバッグが作働した場合は3%、しなかった場合は2%が眼を損傷した.エアバッグが作働した場合には角膜上皮剥離のリスクが有意に増加した.エアバッグは重い外傷を防止するが、軽度の角膜障害が頻発することに留意する必要がある.LASIKを受けた人々は特にエアバッグの使用にあたって保護眼鏡などの工夫が大切であろう.
ベータ遮断薬の有害効果(AJO 2002; 134: 749-760)
チモロールに始まったベータ遮断薬が使用されてから 20 年、全身的な副作用・有害効果について多くの経験と証拠に基づいて整理する時期である.文献にあげられてきた有害効果についての evidence-based information から、絶対禁忌:喘息(気管支過敏反応)・心不全・遅脈・失神発作の既往歴、比較的禁忌:無症候性遅脈・失神準備状態(原因不明のめまい)・頸動脈洞過敏状態.
眼内ガスが残存している患者に笑気麻酔すると眼圧上昇を来たして失明させることがある(AJO 2002; 134: 761-763)
3例の硝子体手術(C3F8併用)の報告.症例1:75歳男性(黄斑円孔)、術後一過性に高眼圧を来たしたが一週後には平常にもどっていた.その1か月後に笑気麻酔下に整形外科手術、術直後から視力は低下して1時間半後には光覚弁、2か月後に円孔は閉鎖したが視力は0.2. 症例2:80歳男性(白内障摘出・硝子体手術ー黄斑上膜除去).術後の眼圧に問題なし.10日後に前立腺肥大の手術(笑気麻酔)、術直後から網膜中心動脈閉塞症状のために非可逆性視力低下、1か月後にも光覚弁のまま.症例3:73歳男性(黄斑下大量出血)、硝子体手術の3週後に腰骨手術(笑気麻酔)を受けたところ、覚醒時にすでに光覚なし、その後も回復せず視神経は萎縮した.
英国における裂孔原性網膜剥離手術の現況(Eye 2002; 16: 771-777)
イギリス全国の眼科コンサルタント671名をアンケート調査.網膜剥離手術を行っているのは256名(38%).167名が扱った症例768件をみると、21%が単一裂孔による1象限以内の剥離、45%が複数裂孔で2象限以内の剥離だった.50%以上が単一または複数の馬蹄形裂孔だった.初回手術の復位率は 全体で77%だった.これを網膜剥離専門医と非専門医とでみると、それぞれ 87%、70% と有意差があった.裂孔のタイプ別にみると両者の復位率は馬蹄形裂孔できわだっており、それぞれ 80%、68% であった.3割以上の症例が一つ以上のなんらかの合併症を示した.



診察メモ
<コロイデレミアとX染色体連鎖性遺伝病>

アイケア名古屋で診察されたコロイデレミアの症例を紹介する.
症例:66歳、男性
病歴:30年以上にわたって視力の問題で困っているが、きちんとした病名を知りたい、治療法があれば知りたいといって来院した. 病歴を尋ねると、30歳を過ぎた頃から夜盲に気付き、明るい所での物の見え方もゆっくりとではあるが悪くなっていった. その頃、近くの眼科を受診したところ、病名ははっきりとはいわれなかったが、手術などの治療法はなく薬の服用しかないといわれた、 という.10年ほど前に再診した時には網膜色素変性と診断されて特定疾患にも認定された. 7、8年くらい前(50代後半)から視力低下が著しくなり、車の運転がおぼつかなくなった. 2年前に白内障の手術を受けたが視力はあまり変わらなかった.
 全身病歴:数年前に高コレステロール血症、前立腺肥大、アレルギー性鼻炎を指摘されて薬物を内服しており、だいたいは身体に支障はない.
 眼科的所見:矯正視力、右0.3、左0.8.ゴールドマン視野、両眼とも10度以下に求心性視野狭窄がある. 前眼部と透光体は、両眼に眼内レンズがきれいにおさまっている以外に、異常はない. 眼底:両眼に共通して次ぎの異常が検出された.視神経乳頭はやや蒼白であるが蝋様ではない. 後極部から赤道部にかけて脈絡膜の萎縮が目立ち、部分的に強膜が露出してみえる. 網膜はうすくなっているようだが、混濁はなく粗大な色素集塊が網膜深層にいくつか散在する. 網膜の血管が特に狭くなっている様子はない. 図はこの患者の後極部を示している.

診断:コロイデレミア.
 家族歴:父のルーツは安城で、目は悪くなかった.父方の親類に同じような目の人がいるのを聞いたことはない.母のルーツは名古屋で、安城の父のところに嫁いできた. 母は健康であった.母の兄弟は全部で4人あり、母方のオジが生前「網膜色素変性」だった.また、母方の従兄弟が本人と似た眼病を患っている.さらに、本人の弟は50代前半で故人になったが生前は日常生活に困るふうはなかったが夜盲を訴えることがあった.
 治療:アイケア名古屋では他に治療法が見い出しにくいさまざまな疾病に対して、麻酔科の永田医師によって星状神経節ブロック療法が行われている.治療成績の整理は今後の課題であるが、エピソード的には有効とおもわれる事例が少なくない.そこで、この症例にこのことを説明したところ希望が強かったので、これまでに7回のブロック療法がくり返されてきた.数回後から自覚症状のみならず、視野検査の所見が改善している.こうした改善が医学的に意味があるかどうか、慎重な検討が必要ではあるが.
 コロイデレミア:典型的なX染色体連鎖性遺伝病である.臨床症状と経過は「網膜色素変性」と類似する部分が少なくないが、まったく別個の疾患である.眼底所見はもちろん経過によって変化するが、主体は脈絡膜の萎縮変性である.「網膜色素変性」にもX染色体連鎖性遺伝病があるが、臨床的に鑑別可能である.最近では、コロイデレミアの原因遺伝子(REP−1)が同定されており、単一遺伝子変異を根本的な原因とする単位疾患であることが遺伝子レベルでも検証された.
 例示症例の場合もX染色体連鎖性遺伝病に一致した家族性発症のパターンがみられる.実際には家族の眼底まで調べてはいないが、罹病者のみならず、保因者(キャリア)と目される女性の眼底にはごく軽度の異常所見が検出されるであろう.

 
 


音楽家と眼病 ヘンデルとバッハ

Georg Friedrich Handel (1685-1759)
イタリーと英国で活躍した作曲家. 50代前半に脳卒中で右手が数か月麻痺したことがある. 1736 年(51歳)頃から視力低下があり、 「A Treatise on the Operations of Surgery」の著者で Samuel Johnson の主治医として有名だった ロンドン市立病院の Sharp から「Gutta serena」と診断され手術適応なしと告げられた. だが、翌年英国皇太子の侍医 William Bromfield の手術を受けた(手術は3回行われ、両眼の白内障は墜下法による). しばらくするとわずかに残っていた眼も駄目になって両眼を失ったのだが、 従前と同じように精力的にオルガンを弾きオーケストラを指揮した.1758 年(73歳)、 巡回白内障手術医 Taylorの診察を受けた.Taylor は腕は良かったが、法螺吹きで自己宣伝に長けた典型的な「海賊手術医」であり、 当時もっとも著名な二人の音楽家(バッハ、ヘンデル)を手術し、いずれも失敗だったのであった.

Johann Sebastian Bach (1685 - 1750) 幼少から視力が弱いことに悩んだといわれるが、中年になって視力を失った時の記録は、「急激な眼痛と視力低下をきたしたのは、緑内障の末期、それも出血性緑内障ではないか...」.当時の居所ライプチッヒ で毀誉褒貶半ばした有名な巡回手術眼科医 John Taylor の手術を受けた. Taylor は宣伝好きな医師で、その「成功悲話」は数知れない.1750年4月1日の土地の新聞には作曲家バッハは手術によって視力を完全に回復したと報じられているが.実際には経過は思わしくなく数日後に再手術が行われた.calomel, cantharides, 瀉血など可能な処置を目一杯行ったのだが、それも失敗して 視力を回復することができなかった.まもなくベルリンに帰った Taylor はプロシャ王の逆鱗にふれて免許さし止めの目にあったという.Taylorは「これまで多数の人々を救ってきたが、特にライプチッヒでは有名な音楽家の光を取り戻させることができた」と恥じることなく医業の成功を書いた.皮肉なことに、晩年のTaylor は視力障害がひどかったという.

 


<編集後記>

 このニューズレターも毎月1回のペースで6号になりました.アイケア名古屋にゆかりの先生方にお送りしております. ミニなので気楽に短時間で目が通せるのはよろしい、といううれしい評価も得ております.
 本格的な冬の季節、お身体に気を付けられよい新年をお迎えください.

 
大庭 紀雄

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