黄斑円孔網膜剥離治癒の変遷
黄斑円孔網膜剥離は、後強膜ぶどう腫を伴う高度近視眼に発症します。この後強膜ぶどう腫は
人種によりその発症部位に差があり、コーカサス人種では必ずしも黄斑部を含む眼球の後極で
はなく、視神経乳頭の鼻側に生ずることもあるようですが、日本人を含むモーコ系人種では、
殆んどの症例で後極部に後強膜ぶどう腫が生ずるため、黄斑円孔網膜剥離は日本人、中国人に
多いようです。
私はこの難治性疾患の治療を簡単にするため1973 年黄斑プロンベを開発し、98%程度の復
位率を得ることができ、黄斑周囲の光凝固も不要なことが判り、比較的よい視力を得ていまし
た。しかし、その後ガスタンポナーデ法(三宅養三教授)や硝子体手術による治療法が普及し
て、殆んどの術者は硝子体手術で治療するようになって行きました。私もより手術法が簡単な
硝子体手術で治療を始めましたが、黄斑プロンベによる手術法に比べ復位率が悪く、再手術を
要した症例が多いことの他、術後視力も黄斑プロンベによる眼球の外側からの手術法に比べ不
良であったため、間もなく硝子体手術は止め、また元の黄斑プロンベによる手術法に戻ってい
ました。硝子体手術では術後1週間から10 日間も、昼も夜もうつむき姿勢で居なければなり
ませんが、黄斑プロンベによる黄斑バックルでは、網膜剥離が広範で高いために硝子体腔内へ
ガスを少し入れた場合にはうつむき姿勢を一晩続けて頂くのみで、次の日には安静は解除でき
るため、患者さんにとっては大変に楽な手術です。その後網膜剥離のない特発性黄斑円孔の硝
子体手術には網膜の内境界膜を除去する手術法が導入され、黄斑円孔の閉鎖率が著明に高くな
りましたので、この黄斑円孔網膜剥離の硝子体手術にもこの内境界膜剥離術が導入され、網膜
の復位率はよくなって来ています。しかし、1週間以上のうつむき姿勢の保持は必要です。こ
の様に、術者にとってはより簡単な手術が魅力的方法と思え出して来た時に、硝子体手術後の
視力がやや不良なのは、術後網膜は復位していても、黄斑円孔は閉鎖しておらず、かえって大
きくなっている症例が多いことが一つの原因であろうと日本の三つの大学から報告されました。
そこで私は、自分が行っている黄斑バックルで治した症例の黄斑円孔の状態を調べてみた所、
黄斑円孔がバックル上に乗っていなかった症例では網膜は復位していましたが円孔は閉鎖して
いませんでした。しかし、バックル上に乗っていた症例では80%の症例で円孔は閉鎖してお
り、これが術後視力のよい理由と判りました。黄斑円孔網膜剥離発症後2~3 日のうちに手術
した1 例では、網膜剥離発症前の視力1.2 に回復しています。この様に1 度は硝子体手術にと
って変られ、過去の術式となっていた黄斑プロンベによる黄斑バックル術が再び日の目を見、
あちこちから問い合わせを受けています。中国からの留学生も帰国後黄斑バックルをしてよい
結果を得ているようで、頼まれて時々黄斑プロンベを送ってやっています。
硝子体手術に比べれば、手術法がやや困難な方法として、多くの網膜硝子体術者に敬遠され
ている黄斑バックル法ですが、患者さんにとってはよりよい方法であることが判って来ました
ので、この方法をもっともっと広めるため努力したいと思っています。安藤 文隆(F.A.)
視神経低形成
視神経形成不全
optic hypoplasia
optic nerve hypoplasia
superior segmental optic hypoplasia
緑内障を早く見つけてうまくmanage していくことに医師も患者も関心が高まってきたが、まだまだ解決すべき課題
が残っている.視神経乳頭の形態評価および機能評価が緑内障診療に必須であることは過言を要しない.大きさ、形、
傾斜、色調、突出、陥凹、萎縮、神経線維、血管、周囲の網脈絡膜などに留意して検討する.ところで、 視神経の先
天異常は無症状の軽症例から視力発達を阻害する重症例までさまざまであるが、軽度の奇形まで含めればcommon
disorder といってもよいほど茶飲事である.視神経欠損(コロボーマ)や朝顔症候群のように派手な病変は一目で『奇
形』と判断することができる.しかるに、やや微妙な変化ゆえに診断に至らなかったり誤診されたりする病態に視神経
低形成がある.『視神経低形成、視神経形成不全』は教科書や成書でもれなく取り上げあげられるのだが、他の先天奇
形とくらべると軽く扱われているふしがある.
「視神経低形成」には2種類の病型がある.
1 total optic hypoplasia
2 superior segmental optic hypoplasia
前者はいわば古典的な視神経低形成の病型で、乳頭全体のサイズが小振りなことを特徴とする.後者はまだ広くは知ら
れていないが、奇形は視神経乳頭の上部に限られるのが特徴である.
classic optic hypoplasia
臨床像は個体ごとにばらつきが目立つ.小児期に視力不良や眼振が指摘され、
羞明を訴えることが少なくないが、視力は正常のこともある. optic
hypoplasia の視野は求心性狭窄を示す事例、傍中心暗点や弓状暗点を示す
事例、正常に近い事例とかなりまちまちである.成人になってから健診など
で偶然にみつかることがある.小児期では、いわゆる弱視を、成人期では正
常眼圧緑内障などを除外することが大切な課題になる.診断確定にための必
要条件は、他の疾病の除外に加えて、視神経乳頭のサイズが異常に小さいこ
とと"double ring sign"とを検証することである.異常に小さい視神経を確
認するのが大切な診断基準になるのだが、視神経乳頭の大きさを数量評価す
るのは困難である. [乳頭中心と黄斑中心窩との間隔の距離disc macular
distance, DM] と[乳頭径disc diameter, DD]との比率DM/DD で代替する
のがふつうである.正常範囲は3.0 以下である.
視神経の形成不全はそれ自体が単独に発生するisolated disorder がふつ
うである. だが、稀ながら中枢神経異常( septo-optic dysplasia 、
encephaloceles、ventricle anomaly)や内分泌腺異常を合併して syndromic
になることがあるから、必要と思われる場合は小児科や神経内科や内分泌科
の専門家に紹介することが大切であろう.
鹿児島大学在職中の事例、『アイケア名古屋』で最近経験したいくつかの事例の中から6例を供覧する.どれもDM/DD
が大きく、しかもdouble ring sign が陽性である.大部分が30-40 代で「正常眼圧緑内障の疑い」などとして紹介さ
れたものである
optic hypoplasia の臨床特徴は、先天性であることと非進行性であることはいうまでもない.事実、10 年以上の自
然経過に変化がまったくないのを確認した事例をいくつか体験している.optic hypoplasia をきちんと鑑別して余計な
心配をさせたり余分な検査や薬物投与を避けることが大切だと思う.
前頁の右図は『アイケア名古屋』で経験した発症時年齢43 歳の女性である.左眼に発生した網膜中心静脈分枝閉塞
症の約1年の自然経過を示した.この症例は全身的にはまったく健康であり、特記すべき原因なしにこうした網膜血管
異常をきたしたものである.ただし、視神経乳頭のサイズは図にみるように小さく、optic hypoplasia とみなしてもよ
いと考えられた事例である.網膜血管病変とoptic hypoplasia とは単に偶然に合併しただけなのか、なにがしかの意
味のある症候群としての合併であるかどうかは不明である.
superior segmental optic hypoplasia
網膜中心動脈が乳頭面上で上方に片寄る、乳頭の上部が褪色している、乳頭上方に強膜halo がある、乳頭上方で神経
線維層が薄い、といったことが superior segmental optic hypoplasia (SSOH) の特徴である.こうした特徴から、
topless syndrome と呼ばれることがある.ただし、筆者が経験した30 例ほどのSSOH では、こうした所見が揃った
事例はない.SSOH の視機能検査所見を典型的な事例でみると、1)視力はまったく正常である.2)視野異常として
は、下方に明瞭な欠損(下方水平性半盲altitudinal inferior defect)がある.前頁の下方に図示したのは鹿児島大学を
受診した3例のsuperior segmental optic hypoplasia である.
経験的にいえば、古典的なoptic hypoplasia のみならずSSOH もさほど稀な出来事ではないらしい.適切に診断し
て不要な検査や治療を避けることが大切であろう.また、こうした先天異常は、集団レベルでの「正常眼圧緑内障疫学」
を読み解く場合に留意しておきたいものである.
http://www.blindbabies.org/factsheet_onh.htm
http://www.aniridia.org/conditions/optic.html
Unoki K, Ohba N, Hoyt WF. Optical coherence tomography of superior segmental optic hypoplasia. Br J
Ophthlamol 2002; 86: 910-914.
眼科用語散歩 optic disc かoptic disk か
disc もdisk も語尾のc とk の違いだけで医学用語ではまったく同じ意味で使われている.
『Dorland』によればdisc もdisk も'a circular or rounded flat plate or organ'である.
ホームページ 'Wikipedia, the free encyclopedia'は 'disk or disc?' という解説記事をのせているので引用してみよ
う.語源はギリシャ語の 'diskos' で(古代オリンピック)競技の円盤投げで用いた平たい円盤のことである.英語に
最初に入ったのは17 世紀半ばの disk で、やや遅れて ラテン語discus に起源する disc が導入された.19 世紀に
発明された音楽録音のレコードには disc が慣用的に用いられた.現代用語のdisc jockey はレコードの disc に由来
する.英国BBC 放送の初期の技術者は局内の録音には disk を市販のレコードには disc を用いた.20 世紀になると、
英国ではc-spelling (disc) が好んで用いられ、アメリカ英語では k-spelling (disk) が好んで用いられるようになった.
1940 年代に米国の IBM は創案した磁気記憶媒体をhard disk として k-spelling によって表記した.一方、80 年
代にコンパクトディスクを開発した欧州の Philips は compact disc を、携帯用プレーヤーを開発した Sony は登録
商標に discman を用いた.こうした c-spelling は欧州では支配的であることに加えてコンパクトディスクも携帯用
プレーヤーも伝統的なレコード(disc)を引き継ぐものだったからであろう.New York Times はcompact disc とい
う商標を用いた広告記事と隣あわせの社説欄で compact disk という表記を推奨したことがあるが、NY times のよう
な米国を代表するマスコミも今では c-spelling を容認している.コンピューター用語の世界では 磁気を用いた記憶装
置には k-spelling(floppy disk, diskette)、光学的記憶装置には c-spelling (compact disc)を用いる傾向があるに
はあるが、disk と disc との使い分けには一定の基準はないのが実情である.
ところで、医学論文での disc と disk との使用状況はどうだろうか.いつものようにMedline 収録論文を原資料と
して、search field = TI (title), search term = disc OR disk に限定して論文のタイトルにdisc もしくはdisk を用いた
ケースを検索すると(2005/5/2)1254 件が抽出された.897 件がdisc、357 件がdisk を使用、disc/disk = 2.51
でdisc が2倍以上多用されている.視神経乳頭の表記をみると、optic disc 98 件、optic disk 24 件でoptic disc が
4倍も多く使われている.その他の医学用語でも同じような傾向がみられる.たとえば、椎間板(intervertebral disc)
はdisc/disk = 162/28、椎間板ヘルニア(intervertebral disc herniation)はdisc /disk = 171/36 とそれぞれdisc
のほうがdisk よりも汎用されている.英語圏と非英語圏でのdisc とdisk の使い分けははっきりした傾向はないけれ
ども、disk は非英語圏からの発表論文の英文抄録に比較的多用されているのは事実である.
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